1 緘黙症とは
緘黙症は、話をしなければならない場面で、体が固くなって話ができなくなる、一種の癖で、チックや吃音と同様、小児神経症の一つです。チックや吃音がなかなか治らないように、緘黙症も一旦なってしまうと治りにくく、薬も効きません。たいていは、学校でしゃべれず、家でよくしゃべります。時には家でもしゃべらない人があり、全緘黙症といいます。反対に家でしゃべらず学校でよくしゃべる子もいます。どちらも、私の40年の臨床経験で1例ずつです。大抵は場面緘黙症です。
緘黙症の傾向は誰にでもあります。大人でも壇上に上がって大勢の人を前にしますと緊張して固くなります。その極端なものです。話をしようとすると不随意に緊張して、身体が固くなり、ひどいときは動けなくなります。その他のことはまったく問題がありません。
話をしないことが理解されず、不適切に扱われると、二次的に性格の障害をきたします。クラスの友達は、その友達が話をしないことに案外平気で、受け入れ付き合っていきます。世話好きな子たちは適切に介助しています。話をしないことを自然に受け入れるとその二次的障害は防ぐことができます。二次的障害は消極性の助長です。
2 緘黙症の人の性格
緘黙症の人は話をしないにもかかわらず、人が好きで、いつも人の側にいたいのです。学校では、何もしゃべりませんが、家に帰ると、学校で会ったことを詳しく話す場合もあります。本来人が好きでおしゃべりです。
知的なことが好きで、感情的なことは苦手で、生真面目です。
プレイルームで遊ばせると、毎回決まったパターンで、若干の変化を示しながら、基本的にはずっと同じことをして遊ぶタイプと、反対に、おもちゃ箱をひっくり返したように散らかして遊ぶタイプがあります。これは本人の性格にもよりますが、相手をする治療者の態度も関係しているようです。
元々、人に意地悪などできない、やさしい思いやりのある性格です。周りに寄ってくる友達もそのような性格です。その関係を大切にして行くことが、緘黙症の人に将来への希望を開くことになります。より広い人間関係を持たせようとして、なじみの友達関係を壊すと、次の関係がなかなかできにくいのです。先生方も転勤によって人間関係が変わることを経験しておられます。一般に、関係が変わると、新しい関係を作るのに苦労します。緘黙症の人は自分で関係を作ることができないので、一層苦労が多いのです。人は温かく守られた経験をしていると、次への希望が開け、その希望が関係を開いていくと思います。
3 家庭、環境的背景
チックや吃音は厳しい躾のために生じます。チックや吃音を発症するほどに躾けるには、躾ける側にも相当の厳しさがあります。そういう躾ができる人はしっかりした厳格な性格で、知的にも高いので、当然チックや吃音の人の多くが知的に高い能力を持っています。チックや吃音があって、学力が低いとしたら、二次的な障害で学力が低下していると考えてみると良いでしょう。
一方、緘黙症は恥ずかしさを過剰に意識する障害ですから、恥ずかしさを意識するときから強い自我が芽生えていると考えられます。恥の発達は、エリクソンによれば、トイレットトレーニングの時代、つまり、2,3歳からです。この時期から自我意識が発達し過ぎて、感情表現を抑制する傾向があるのかもしれません。始めての集団の中で人を意識し、恥ずかしいと思った瞬間、発声の機能が固まってしまうのです。
学校でひどいいじめに遭い、恥ずかしい思いをして、それから緘黙症になった人も少なくありません。ですから、恥ずかしい思いをさせるいじめには特に気をつけなければなりません。ある子どもは構音障害による変わったしゃべり方をからかわれ、それによって緘黙症になりました。その子は家では外に聞こえる大声で自己主張をし、それが何年も続きました。そのときの怒りが持続していたと思われます。
4 予後
緘黙症の人が将来どのようになるか心配ですが、何とかなるようです。
実際には、必要なとき、最低限必要な言葉を発することができるので、別に問題はないようです。これまでに緘黙症のために閉じこもってしまったという例は聞いたことがありません。自分の生活を維持する社会生活を送っていると思われます。
これまでに大学での指導生に一人ありました。その人は授業が終わってから、私は昔緘黙症でしたと話しにきてくれました。今でもあまりおしゃべりではないと言っていました。外国の臨床心理士で、その方の箱庭を見たとき、あなたは緘黙症的なところがあると言いましたら、その方は初めて自分の性格がわかったと喜んでいました。緘黙症的といっても臨床心理士として働いているのですからたいしたものです。
役者さんやタレントさんの中には、舞台やマイクの前にたつとはっきりした声が出るのですが、普段は小さい声でしかしゃべらないという人があります。緘黙症が役者やタレントに向いているというは驚きです。
また、臨床心理士の中に、自分の経験や考えを語るとき小さい声の人があります。採用試験でカウンセラーはなぜこんなに声が小さいのですかと面接員に聞かれたことがあります。私たちは心の声にかかわる仕事をしています。深層の心の声が小さいので、普段の声も小さくなるのではと、考えています。ある人は本屋さんにアルバイトで入って間もなく、裏方の管理を任され、パソコンを駆使して働いています。
話せないことを責めず、素直に成長させると、本来持っている知的な強い自我機能が発達して、社会の中で十分に生きていけるのです。