K先生の不思議な心理療法と魔法使いクラブ

 心理療法にはいろいろある。精神分析、ユング派の心理療法、ロジャーズの来談者中心療法など、それらの心理療法では心理面接の中でクライエントの心が変化しているという印象を受ける。

 一方私たちの仲間のK先生の心理療法は、大抵は何年もという長期間かかっているのだが、クライエントが生活という舞台で思うままに動き回るようになり、とても活動的に動いているうちにいろいろな問題が解決していくのである。何がどうなってという説明がしにくいのだが、起こるべきことが起こり、収まるべきことが収まってクライエントは満足すべき状態になる。

 K先生の受容と共感に支えられて、クライエントの自由な行動が展開し、実生活という舞台でクライエントがアクトアウトして新しい境地が開かれていく。いわばアクトアウト療法といえるのではないかと思う。

 なぜ、これが成り立つのかと考えてみると、

 先ず、クライエントに対する無条件の尊敬があること、クライエントの在り方、生き方を尊重していること。

 次に受容し共感的に一緒に考えていく姿勢を保っている決して出すぎたこと、心理学の知識をひけらかすようなことはしない。ただ、人間的に誠実に相手の話を聞いている。決して出すぎたことをしない。

 アクトアウトと見えることも、クライエントの積極的な行動として見守っている。

決して良いとも悪いとも批判しない。

 効果的な、心理学的に正しい心理療法は?などと考えない

 ただ人間的に共にあることを維持する

 その態度を維持するには開業で、自分のやり方を誰にも邪魔されずにやるという、カウンセラー自身が保護された中にあるのではないか。

 私たちは臨床心理士という専門的な立場から、専門的に正しい心理療法を心がけているのであるが、それはある意味では外からの監視に常に防衛しているということになる。K先生の態度にはこの防衛もないのではないかと思えるくらいである。それくらい自分の態度に徹底している。と言うよりも、それしかできないところがすばらしいものになっているのではないか。

 臨床心理士として何が正しいかわからないが、クライエントと共に生きていくことが純粋にできる環境、それが保障されることが大切なのではないかと思う。

 

 そういう意味ではカウンセラー仲間で作る研究会による守りがとても大切ということになる。お互いに勝手に自分の心理療法をやっていて、職業人としてつながりを持ついわゆる業界の職能団体ではなく、カウンセラーのそれぞれの個性が認められ、それが保護されながら維持されること、それこそが大切な研究会の機能であると考えた。私たちの研究会魔法使いクラブはそれぞれのカウンセラーのやり方を尊重し聞く機会になっている。このやり方がそれぞれのカウンセラーの良い成果を生んでいるのではないかと思った。お互いが尊敬できる小さなクラブ、それが良いのではないかと思う。