人生は応用問題の連続である。会社の仕事も多くはそうである。今までにないことを遣ってくれと要求される。それをやり遂げる自信が無い。わかることならやる自信があるけれど、わからないことは自信がないので責任を持って引き受けるわけにはいかない。一例を挙げると、職場で上司から未知の仕事を依頼される。自分にできるかどうかわからない。自分に正直に答えると、できないかもしれませんと答えざるを得ない、そこで上司との関係が思わしくなくなる。上司は無理なことを要求すると思ってしまう。
自分は、わかることで解いていきながら仕事をやり遂げるというのが好きだ、わかることで要求されたら頑張ると三十前後の人が言う。未知への挑戦の気概が全く感じられないのに当惑した。
学校で教えられた公式で問題を解く、そのパターンから抜け出ていない。公文式の学習方法をそのまま会社の仕事の処理法に持ち込んでいるのである。
会社では応用問題ばかりである。上司は自分でもどうやったらよいかわからない仕事を部下に遣らせなければならない羽目になる。古い知識しか持たない上司は若い人の新しい知識や柔軟な頭脳に期待する。それをとんでもないことを要求する上司と考えてしまうのだ。そこでうつ状態になってしまう人が出てきた。
一昔前応用問題が解けない若者が問題になったが、今現実に相談室に応用問題に当惑してうつになった若者に出会った。
これからの教育の課題として、応用問題を解く、未知のことに挑戦する気概を培って欲しいと思う。人生は応用問題の連続である。私のこの仕事も常にわかっていることで片付けられる仕事ではない。一人ひとり問題も解決法も全部違う。よく見て考え、人と相談しながら協力していくことで何とか未知の世界が開けてくる。
カウンセラーでも、習った心理療法の方法を忠実に実践しようとしている人がある。クライエントの持っている問題を習ったわかる方法で解決しようと考えるのである。クライエントの問題が解決できないのは、自分の習得の仕方が十分でないからだと考える。でも、それではクライエントの問題は解決できない。
カウンセラーがこれまでの知識を応用して未知の問題に挑戦していく、その気概がクライエントに役に立つのではないかと思う。