生きがいうつ病

(文章は途中で終わっていますが、そのまま掲載しています)

 

 最近、仕事をやる気がしないといううつ病が目立ってきた。ある人は午後の休みにお茶を飲んで一休みした。ふと我に帰ったとき会社に戻る気がしなかった。それ以来、朝起きられない日が続く。またある人は、朝起きられなくて会社を休んだら続けて休むことが多くなった。仕事は嫌でもなく、人と会うことがおっくうというわけでもない。

このうつ病は、笠原・木村分類のⅠ型、精神症状と身体症状を有する典型定的中年期うつ病、秩序愛好的性格で、几帳面で、完全癖があって、責任感が強く、周囲に気兼ねしているという病前性格を有しているうつ病、いわば仕事熱心で厄年の頃に燃え尽きてしまう典型うつ病を典型とは明らかに違う。

 典型的なうつ病には抗うつ剤によく反応し、良くなるのに、最近のこの生きがいうつ病は、抗うつ剤にあまり反応しないし、ある人は、もっと自分らしく生きたいと思っているし、ある人は生きがいを無くし生気のない顔をしている。

中年まで一所懸命生きてきて、そこで人生ストップという感じである。食欲も性欲もある程度あるが生きがいを喪失している。

 このような生きがい喪失のうつ病は男性に多いのではないか。

 親や先生の期待に添い、いつの間にか子どもらしい自由な遊び心を失い、やんちゃで自己中心的なわがままさを欠き、自分は何が好きかもわからない。ただ、社会人となって仕事に就き、期待される結婚もして、仕事でもある程度の成果を上げ、人にも認められてきたのに、突然自分の中の中心的な心の空白が出現する。あっと気づいたとき自分は何をしたいのかがわからない。朝起きられないのである。生活は保障されているのに起きられない病気、豊かさの中の沈滞、恵まれたなかの心の貧困である。

 生きがいうつ病の人の性格はいわば去勢された性格でおとなしい。飽くなき欲求とか、無茶苦茶に要求がましいとか、自己中心的積極性がなくなっている。おそらく幼児期から自分らしさを抑えてきている。だから去勢されたという意識すらない。遊びもけっこうしているのに自ら率先してというのでなく、人についてやっていることが多い。人に就いて行く人だから引っ張る人がいなくなったとき、もう前に進むことができない。

 そういう人はどうしたら良いのか。私にもわからない。

 この生きがいうつ病は生きがいを幼児期に失っているのでそれを中年期に再び呼び出さなくてはならない。

 人間は精神持っているが、先ず動物で、動物的な心を持っているはずある。その動物らしさが抜けた精神だけの人間を生きがいうつ病の人に感じる。ある程度成人した動物としての人間に肉体的とも言える精神的身体の変化を求めることができるだろうか。肉体的な若返りは不可能だが精神的身体の若返りは可能だろうか。それが生きがいうつ病の治療では問題である。

 

 私自身はかって、20代の頃精神的な体力は本当に乏しかった。先輩にスキーに連れて行ってもらって2時間でばててしまい、足が上がらなかったので、宿のコタツに入って寝ていたら、宿のお姉ちゃんに

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