※河合先生はこうおっしゃったの2はもともと旧HPにも掲載がありません。1の次は3になっています (檀渓スタッフ)
先生はカウンセリングの仕事は心のバランスシートを作ることだとおっしゃった。そして圓朝の『牡丹灯籠』が面白いと勧められた。
さっそく岩波文庫に入っている『牡丹灯籠』を買って読んだ。そこには人間関係の恨みつらみが書いてあって、理不尽な事件が起こり、不幸が起こり、恨みができて、その恨みがすべて清算されたときに物語が終わるのであった。心の清算が終わらないと物語は終わらないということである。カウンセリングの仕事は心の清算、つまりカウンセラーの仕事は心の会計士のことである。
当時のカウンセリングの世界はロジャーズの来談者中心療法が席巻しており、共感と受容が大切であった。その時代に河合隼雄先生は私には『牡丹灯籠』を示唆されたのであった。従来の心理学的視点とまったく違う視点である。
この『牡丹灯籠』をカウンセリングの実際にどのよういに生かしていくかは示されなかったけれど、親子関係や親戚関係、職場の、あるいは教室の人間関係においていろいろな感情のもつれが生じる。その怒りや恨みのすべては明らかにされ、恨みに対してはそれを晴らしていくようなことが必要であることがなんとなくわかった。
カウンセリングでは心理テストによる査定も行うが、それよりも大切なことは成育歴を聞き家庭環境を調べ、きょうだい関係や親戚との関係などからその人の立場を理解していくことが一層重要だと思うようになった。
ある女性の問題は母親に大切にされていないということだった。妹の方が早く結婚が決まり嫁入り道具まで揃えたところで破談になった。その後自分の結婚が決まり妹のために揃えた嫁入り道具をそのまま持って行くように母親に言われ、家計のことを考えた彼女はそれを持って行かざるを得なくなって、それがしこりになって気分がすぐれずうつ状態で子どもも可愛がれず、子どもはもう一つ積極性が無かった。
彼女の実家の家業はお風呂屋さんで特に夕方は忙しく家族がそろって食事をすることはお休みの日だけで、毎日夜は遅くまで父や母は働いていた。お風呂が終わってお掃除をすべて済ませてからでないと寝られなかった。だから母親の愛情は薄かったという。その代り親に代わって番台にいると結構お小遣いをくすねることができ不自由はしなかったという。このような昔の生活状況を述べられ、忙しい中に家族が協力して生活してきたことを振り返られ、何となく心の整理がついて、子どもも元気になり相談は終了した。この事例も心のバランスシートという観点から見て印象的な事例であった。
それを一番心に深く納得したのは、名古屋に児童虐待防止の会CAPNAが発足したときの記念講演を聞いた時だった。児童虐待防止のために活躍している女性が東京からお出でになって講演され、経験された事例を交えて話をされた。彼女は児童虐待防止のために施設を作って子どもを虐待してしまう女性の相談に当たっておられた。母親が自分の子どもを虐待して止まらないとき、しつけの厳しかった自分の母親に対して非難する言葉を叫ばせると子どもに対してやさしくなるということだった。親が亡くなっていてこの世にいない場合でも、あの世に行っている母親に対して恨みを晴らす言葉を叫ばせると、子どもにやさしく接することができるようになるという話をされた。ネガティブなものにははっきりとネガティブな感情を認めると、その後にポジティブな気持ちが表れるということである。
自分が経験したことの良いことも悪いこともすべて思い出して、その貸借対照表を作ることがカウンセリングの仕事なのであると教わった。
そして自分が教育分析を受けて思ったことは、教育分析とは自分のすべての経験を思い出してそれを評価し、意味を見出していく作業だと理解した。私たちが物語をおしまいまで読んでほっとするように、自分の人生の物語を読んで心を整理することが大切なのだと思う。