心と身体とたましい

 ある時河合隼雄先生が、あの人にはアニマがないと言われた。その方は定年退職後間もなく病気になって入院され、程なく帰らぬ人になられた。

 「あの人にはアニマがない」なんて河合先生が人を批評することはめったに無いことだったから、まるで幻聴のように妙に記憶に残っている。アニマの理解のために私に言ってくださったと今にして思う。

 後年、河合先生はアニマ・アニムスという言葉を使わずたましいという言葉を使われた。そして、その頃には、自分を語るためにユング心理学を使ったと言われるようになった。人々は河合隼雄先生を、ユング心理学を日本に紹介した人と考えているが、河合隼雄先生自身は自分を語るためにユング心理学を使ったと言っておられるのである。

 この観点から見ると、『ユング心理学入門』も河合隼雄を語る本であったはずである。『ユング心理学入門』はユングの『無意識の心理』(人文書院)に則って書かれており、理論的な部分はほとんどユングの心理学である。河合隼雄の部分は事例、特に夢である。かたつむりの絵はたまたま幼稚園に講演に行かれた時出会われた資料で、その驚きを嬉しそうに語られたことがあった。先生にとってはシンクロニシティの経験だったのだ。夢についても語られ、肉の渦の夢以外は先生の夢と聞いていた。随分後になって、みんなが肉の渦に感心しているのに対して、先生は、「クローバーが林に見えるなんてずいぶん小さな男だ」とおっしゃった。先生はみんなと観点が違うと思ったのだが、次第に、肉の渦の夢の小さな男は先生ご自身だったのだと確信するようになった。

 そう考えると『ユング心理学入門』は河合隼雄自身の夢を解くために本だったことになる。河合隼雄先生はユング心理学の中に上手く自分自身のたましいを忍び込ませて自分を語っていたことになる。先生はうそつきクラブの会長にふさわしいではないか。

 

 先生が書かれた面白い本の中身には先生ご自身のたましいが入っているので、読む人の心に染み渡り、こちらもたましいが揺さぶられるのではなかろうか。