約50年前、Sさんはガンで亡くなられた。精神科医の紹介で、不潔恐怖症を治したいということで四条河原町高島屋の裏にあった京都市のカウンセリング・センターに滋賀から通ってお出でになった。夢分析は11月初めに始まり、翌年3月初めにガンの再発で再入院となり、4月初めに最後の訪問面接をして終了となった。
5ヶ月間に88の夢を報告され、その夢には、残された人生を一所懸命に生きたSさんのたましいのプロセスがあった。これらの夢のシリーズについて事例報告する許可を得ていたが、今日まで報告が遅れたのは、小生の能力の不足もあるが、その頃小生がとらわれていたユング心理学のアニマ・アニムスのなどの術語で夢を切り刻むことがどうしてもできなかったからである。
河合隼雄先生が亡くなられ、改めて河合心理学を見た時、そこには夢を生きる心理学があった。それは、セルフ、アニマ・アニムス、影、グレートマザーと言った概念とは離れ、たましいを生きる心理学であった。治ることよりも如何に生き抜くかが大切であるという心理学である。たましい、心の真実を生きる心理学、真相心理療法と呼ぶのが適当だろうと思う。
クライアントの88個の夢シリーズと、その頃受け始めていた教育分析で私が見た夢を突き合わせて見てみると、クライアントの夢見とほぼ同時並行で私もそれに関連する夢を見ていたことがわかった。
このことから夢の心、たましいのレベルでは、物理的には何十キロと離れているのに、同時並行的に影響しあっていたことがわかった。夢のレベルでは、物理的に離れていても通じ合い、影響しあっているのである。これを仏教では通底というらしい。フロイトは自分の心がクライアントにわからないように、寝ているクライアントの頭の後に座ったが、たましいのレベルではそれは全く役に立たない。クライアントのたましいは分析家のたましいまでお見通しなのである。
分析家は自分年令や現実の生活の具体的なところを隠すことはできるが、たましいの真実は隠すことができない。
この事例は、第一に、フロイトの分析家の隠れ蓑、自分の心を隠すことが出来るという仮説を否定することになった。
これがSさんへの答えの一つである。