学会の後、修善寺の湯回廊菊屋に泊まった。この宿は夏目漱石が胃病の治療のために泊まったので有名だ。漱石の泊まった部屋を見たかったけれど、人が入っているので見ることはかなわなかった。
その代わりというか、通された部屋は昭和天皇がお泊りになった部屋だった。寝床は一段高くなり、そこには簾がかけてあって中々優雅だ。昭和天皇が休まれたところに寝るのは漱石の部屋で寝るより遥かに気分がいい。
湯回廊というくらい長い廊下がめぐらされ、露天風呂がいくつもある。内湯は川に面しているが、外はあまり見えないので、陰気ですぐに出て、ほとんど露天風呂に浸かっていた。
朝食に行ってびっくりしたのは、夜は見えなかった庭が荒れ果てていたことだった。もしこんな荒れ果てた庭を前にすると気分が良くない。元は庭師が手を入れた庭だったに違いない。竹垣の崩れ方から見ると10年位手入れをされていないのではないか。学会で疲れた心は庭で癒やされたかもしれないと思うと残念だった。この宿は自然がそこまで迫り、自然に圧倒されている湯である。
夕食、朝食共に沢山の料理に圧倒されて参った。給仕の人も沢山ですと言っている。私は昭和の人だから出されたものは食べなければと思う。それが食事の礼儀。でも賄いの方では、食べきれなかったら残してくださいという考えだ。食べ残す文化は何となくしっくり来ない。
朝食の後散歩に出た。修善寺は古くから栄えた温泉街だから川沿いには石畳の道があってきれいに整備されていた。
その入口に2軒のわさびソフトクリームの店があって、1軒はすぐに目につくほど賑やかに広告が貼りだしてあり、よく見るとそこのわさびソフトクリームは290円と書いてある。その隣に一段高くなって、わさびソフトクリームだけを大きく見せたお店があった。そこはソフトクリームが300円で、わさびを付けると350円で隣より60円も高い。それなのにこの高い方のお店が繁盛している。
若い女の子が好むような賑やかな広告のお店は石畳の整えられた雰囲気と合わないし、沢山の広告のために店の中が見えず、ご主人も奥にいるのが覗き込んでやっとわかるくらいである。値段が高い方のお店は、若い人が店頭に立ち、太いわさびが数本氷の器に挿してある。如何にもわさびを売っているという感じで、こちらで買いたくなると思った。人柄と店柄、これが良くないといけない。
散歩の帰り、宿の庭を貶した自分を省みて、我が家の庭を何とかしなければと反省した。
私もここらで心の庭も整えなければと思う。それには庭師が必要だ。庭の手入れは片手間ではできない、専門家的な庭師が自分の中に必要だと思った。整えられた心の庭、そこに人は休らうのではないか。