今年は柿が鈴なりに実をつけ、その分甘みが少なくて人に差し上げるのにも気が引けた。私の考えも頭のなかでは沢山湧いてきたものの、読者の方々にそれを配ることができなかった。申し訳ないと思う。
そこでここに私の箱庭の紹介の続きをします
2013の箱庭です。湖の向こうにいるのはネズミです。私はネズミ歳なので、ふわふわのネズミを置きました。カバがそれを見ています。他の動物たちは倒れて元気がありません。
私には本当の元気さが無いのかもしれません。五十代の半ばから働けば働くほど元気が出てきましたが、それは果たして自分のためだったのだろうかと思います。動物たちは自分のために生きています。自分のために生きる力が不足しているのかも知れません。
動物たちは森の中に生きています。森は動物たちにとって社会です。私は社会的に生きていないのかもしれません。
人が出てきません。私は未だ社会に出ていないのかもしれません。動物レベルの一段低いところにいます。ロールシャッハ・テストで言えばFMのレベルでMになっていないのでしょう。Mは人間的想像の世界で、FMは動物的衝動の世界です。私は衝動の世界で生きているのでしょう。
私は自分の箱庭についてこのように考えますが、これは箱庭の理に聡い、賢さを示してます。賢さとは客観的に見ていることで、動物レベルでありながら、離れて賢く見ているのです。群れになって活発に動く人、面白く楽しくワイワイと乗っていく生き方が全くできないのでしょう。そのように生きられない自分を表現した箱庭を作りましたが、写真のサイズが大きすぎてここに取り込むことができません。残念です。