夢や箱庭の意味を読み取る

 2016年9月1日が最終更新日の文章です。本文には「夢や箱庭の意味を読み取る」という題が付けられていますが、「通訳と心理分析」というタイトル名で保存されていました。同じような内容の文章がいくつかあり、何度も書き直されたようですが、旧ホームページには掲載されなかったようです。2016年前後の文章でホームページ用に書かれたと思われるものの掲載されていないものがいくつか見つかり、今後こちらに発表する予定です。

 

 

夢や箱庭の意味を読み取る

西村洲衞男

 

 河合先生は何気なく私にぽつんとつぶやくように教えてくださることが多かった。

 「分析とは辞書を繰るようなものだ」とつぶやかれた。夢に出てくる象徴の意味を調べるのは、言葉の意味を辞書で調べるのと同じようなものだということである。辞書には一つの言葉について色々な意味が書いてあり、文脈上に合うものを取り上げてつなげて言葉を理解していく。夢や箱庭の分析はそれと同じようなことである。

 夢や箱庭に出てくるイメージは、意識的なコントロールがあまり働いていないところで出てくる。心の底から出てくるイメージは、人間が動物としてこの社会の中で生きていく時の本能的な感覚機能が捉えたものの現れではないかと思う。人間に本来備わっている動物的感覚機能は鋭敏で周囲の情況をしっかり捉えているが、五感に基づいた意識的認知・思考機能が圧倒的な強さを持ってきたために、本能的な感覚機能は背景に退き、よくよく内省しないとわからなくなってしまった。

 意識の統制が働いていない時の夢や箱庭に現れるイメージの意味を知るにはどうしたら良いのか。それには生活環境やこれまでの経験の積み重ねや当面している問題や身体的な不具合など、あらゆるものを視野に入れて、その文脈から見ていくのが良い。

 

 この考えは米原万里『不実な美女と貞淑な醜女(ブス)』を読んで生まれてきた考えである。『不実な美女と貞淑な醜女』は表題に似合わず恐ろしく真面目な通訳学の本である。

 私たち心理の領域に通訳など外国講師の講演でもない限り必要ないと思うかもしれないが、私が精神分析の論文を読んだとき全くその専門用語を理解できず、事例研究であるにもかかわらず、事例のイメージさえ思い浮かべることができなかったことがある。事例は精神分析の専門用語で語られ、その言語がないとわからない。これはユング派の人の書いた論文についても言える。ユング派の心理学の本はユング派以外の人には理解できない。河合先生はチューリッヒで資格を取って帰国するときに、そのことを一番に考えられ、精神分析の人には精神分析の言葉で、ロールシャッハ・テストの人と話すときにはロールシャッハ・テスト語で話すと言われた。一般の人向けの文章はいつも高校生でもわかるような文章で書いておられた。だから、河合先生は通訳なしの多言語の話し手と言って良いのではないか。

 河合隼雄先生は分析場面では一切夢の解釈をされなかったので、夢を通訳するとは思い及ばなかった。現在の私は夢の解釈を心がけるので、夢の通訳ということを考える。米原万里の『不実な美女と貞淑な醜女』は心理療法を行う人にはとても参考になるのでお薦めしたい本の1冊である。

 

 

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