長谷川泰子
THE BIG ISSUEの最新号(Vol 435)を読んでいたら、レ・ロマネスクという音楽グループのTOBIという人のインタビューが掲載されていた。私はこの人のことをまったく知らなかったのだが、「フランスでもっとも有名な日本人」とも言われているそうで、フランスでのYou Tubeの動画再生回数は歴代一位を記録しているという(この動画はもう削除されているようだが、今も再生回数の記録は破られていないらしい)。今は日本で活動しているようで、これまでにフジロックやEテレの番組などに出演したこともあるという。
この人がフランスで音楽活動を始めるまでの経歴がおもしろい。記事によると、彼は大学卒業後にある会社に就職、しかし2ヶ月でその会社は「なくなった」。朝、出社したら、職場から机や椅子はもちろん蛍光灯などにいたるまですべてがなくなっていたというのである。社長が倒産を前にすべて持ち逃げしたのだそうだ。呆然として自宅アパートに戻ると、大家さんからここを墓地にするから退去して欲しいと告げられ、1日で職だけでなく家も失うことになる。しかし話はここで終わらない。次になんとか就職した会社も倒産してしまう。その後、就職するたびに会社は倒産し、履歴書には「倒産により退職」という言葉が並ぶようになる。仕事を探そうと思っても相手に良いように思われるはずがない。思い切ってこれまでやったことのないことをやろうと、何の縁もないパリに渡る。そこでもやっぱり上手くいかない。たまたま口座を作ろうと出かけた銀行で強盗に遭い、拳銃を突きつけられたこともあったという。アルバイトで働いていた日本人向けの広報誌で、秋祭りのステージ参加者を募る広告を作成したが、結局一人も集まらない。それで急遽お前が出ろ、ということになる。人前が苦手だということもあり、奇抜な衣装とメイクでごまかして友人と一緒にステージで歌い、なんとか終わってほっとしたところで、次に登場予定のダンサーに、ステージにあなたたちの衣装の羽飾りや糸くずが落ちている、自分はハウスダストアレルギーだからこれではできない、すぐにきれいにしてちょうだい、と言われてしまう。あわてて衣装もメイクもそのまま、はいつくばって床掃除をしたのだが、なんとその様子が大いにうけたのだという。そしてそこから次々出演以来が舞い込むようになったのだそうだ。
パリでステージに登場するところまでの人生を聞いていると、本当に踏んだりけったりとはこのことかと思うような人生だが、思わぬところで思わぬ転回点がやってくるものなのだ。おそらくこの人も自分がミュージシャンとなって生きていくとはまるで考えてもいなかったのであろう。インタビューでも「人生って本当に思いがけないことが起こるもの。だから目標なんか立てなくてもいいと今では思っています」と語っている。
目標にむかってまっしぐらに進むような生き方もあるが、こうやって目の前のことにひとつひとつ取り組みながら生きる進み方もある。先日、ある人と話をしていたときに、西村先生が「偶然はない」とよく言っていた、と聞いた。考えてみると、自分も今のこの時点を目指して生きてきたわけではないが、あれこれやっているうちにいつのまにかここにたどり着いたというのが正直なところだ。必然ではないが、偶然でもないと思う。いろいろな分かれ道を自分なりに考えて進んできたところに今この時点があるような気がする。
この人の人生について聞くと、目の前のことを一生懸命やっていれば、とにかくどこかにたどり着くものらしいと思えて、ちょっとほっとしたりもする。今目の前にある何かも、それがいいことであろうとそうでないことであろうと、きっとそれがいつかどこかに、今は想像もできない何かにつながっているのではないだろうか。