長谷川泰子
先日、檀渓心理相談室で「箱庭を体験する会」を開催した。1回に2名ずつ、それぞれ別の面接室で箱庭を作ってもらい、作成後に参加者と檀渓のスタッフで作品を鑑賞して意見や感想を言い合う、そんな会だ。1回に1時間~1時間30分の時間をかけるので、1日3回で全6名の参加が限度だが、時間をかけただけありどの箱庭も力作ぞろい、その人らしさが感じられる興味深いものばかりだった。
今回やってみて、箱庭は作るおもしろさもあるが、見る・鑑賞するのもまたおもしろい体験だと改めて感じた。人の作った箱庭を見ると、なるほどこういうやり方・表現の仕方があるのか、こういうものをこういうふうに置くのか、など、様々な気づきがある。人のまねをするわけではないが、新たな視点を知って、自分自身の可能性の幅が少し広がるような感じもある。実際、参加者の方も、自分の箱庭を作り終えてから別の人の箱庭を見ると、いろいろ思うこと・感じることがあったようで、箱庭の鑑賞をしている時も様々な話が出てきて、これはこれで良い時間だった。
ところで、今回体験する会をやってみてもうひとつ興味深かったことがある。この会ではすでに言ったように1回に2人の参加者が別々の部屋で箱庭を作る。お互い、作っている間は別の参加者の箱庭を見ることは一切ない。しかし箱庭が出来上がってみると、どういう訳か、同時に作っている2人の箱庭には共通のテーマ、似ているところが出てくる。
6名の参加で、1組はペア参加、他の4人はそれぞれ1人での参加だった。この4人の人たちは自分と同じ時間に参加する人が誰なのか、当日来てみるまで全く知らない。申し込み順に、それぞれの希望に沿って何時の回に参加するかを割り振っており、誰と誰が一緒の回になるかは全くの偶然で決まる。当日は箱庭を作る前にちょっと挨拶をして、すぐに箱庭作成となる。ペア参加の場合なら箱庭に共通のテーマが出てくることもあり得るだろうが、当日出会った知らない者同士の箱庭にも似たようなテーマが出てくる、しかもペア参加以外の2組ともそうだったからびっくりしてしまった。
こういうのも共時性と言えるのだろうか。ユングは「意味ある偶然の一致」のことを共時性、シンクロシニティという言葉で言い表した。今回の偶然の一致にどういう「意味」があったのかは分からないが、とりあえず、この「箱庭を体験する会」は大きな意味があるのだと考えて、これからも続けていきたいと考えている。