先日、河合隼雄先生の本を読んでいたら、あるユング派の分析家(アメリカ人)がユングの「自己 self」の考え方に疑問を示しているとして、その分析家の考えを説明しているところがあった。河合先生の説明によるそのアメリカ人分析家の説は私なりに納得できるところがあり興味深く読んだのだが、それよりも、ユングによる「自己(self)」の考え方に疑問を示している、ということにまず驚いてしまった。
心理学は数学などとは異なり、例えばフロイトのエディプス・コンプレックスや、エリクソンのアイデンティティ理論の正当性を厳密に証明することなどはもちろん不可能である。こころや無意識を取り出して観察したり分析したりすることができない以上、こころについての理論はどこまでいっても一種の仮定だ。となれば、これまでの考えや理論に不十分なところや不適切なところがあればそこを指摘して修正していくのが当然で、それによって心理学が発展していくのだと言えば確かにそうだろう。しかしそれであっても、ユングの考え、しかもユング心理学において重要な「自己 self」の概念に疑問を抱くというのは、自分というものが相当に確立していないとできないことだと思った。
前提になっているものを当たり前と鵜呑みにしないで疑問を感じるためには、まずはその前提をきちんと理解していることが重要だ。その上で、それを重要視しながらも神聖視はせず、個人としてきちんと考えることが必要になる。ユングの理論を自分なりに理解し、考え、更に疑問を抱くようになるためには、ユング派の分析家でありながらもユングから独立していないとできないのではないか。さすが、ユング研究所でトレーニングを受けて正式な資格を取った分析家だな、すごいなと思った。
ユングの理論に疑問を呈するところまではとてもいかないが、カウンセリングの仕事をしている身として、自分で考えることは大事だと思っている。相談に来る人の前に座っているのは私ひとりだ。話を聞いてその場で自分で考えなくてはならない。もちろん勉強は大事で、知識や経験も必要不可欠である。しかしカウンセリングは有名な○○先生がこう言っていたからその通りにすればいい、とか、本に書いてある通りにやればそれだけでうまくいく、というものでは決してない。ひとりひとりとその場その場で話し合って考えること、そしてそれを積み重ねていくことを大事にしたいと思っている。
カウンセリングだけではない、スーパービジョンも同様だ。スーパービジョンに来る人には、スーパーバイザーを自分なりに査定・評価することも必要だと話をすることがある。相手の言うことを素直に聞き入れる姿勢ももちろん大事だが、自分なりに考えることを放棄して、スーパーバイザーの言うことを鵜呑みにしているだけではこの仕事はできないと思っている。