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場所を守る

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 

愛知県に知立市というところがある。小さな市だが、ここは1000年以上前にある有名な和歌が詠まれたところとして知られている。

平安時代に成立した「伊勢物語」という物語がある。その主人公だと言われているのが在原業平で、源氏物語の主人公である光源氏のモデルだという説もあるから、昔から相当な有名人だったのだろう。歌人としても才能を発揮した人で、百人一首の中にも彼の和歌があるが、それよりも何よりも「カキツバタ」を題材にした「らころも つつなれにし ましあれば るばるきぬる びをしぞおもふ」という和歌がよく知られている。この歌が詠まれたのが、今の知立市なのだ。

知立は江戸時代には東海道の宿場町として整備されたところで、先日1号線を車で走っていた時にはわずかだが松並木が残っているところを見かけた。関東の方からお伊勢参りに行く人なども沢山通った場所だろう。そうやって旅をする人たちが、せっかくならあの有名なカキツバタの和歌が詠まれたところを見たいと、カキツバタが群生するところを訪れたようだとどこかで読んだことがある。なかにはあの有名な和歌の誕生したところを見たい、自分もその場所を訪れてパワーを得たい、業平にあやかって歌が上手く詠めるようになりたいという人もいたらしい。ただ、せっかく訪れても昔はどうも期待に添うようなところではなかったらしく、がっかりした人も多かったようだ。

ただ、平安時代に詠まれたたった一首の歌が、その後もずっと多くの人を動かし続け、一種の聖地巡礼のようにその地に足を運ばせてしまうというのは、考えてみるとすごいことだと思う。今ではその場所はカキツバタの群生地としてきちんと整備されているようで、季節になればカキツバタがきれいに咲いているところを見られるらしいが、そのような流れを作ったのも、有名な歌が誕生した正にその場所に立ちたいと多くの人が思ったからこそのことだと思う。ただ、カキツバタがあればいいのではなく、業平が見た場所、歌を詠んだ場所、というのが大事なのだ。その場でないと意味がない。

 

お正月に相談室に年賀状が届いた。中に、私は一度も会ったことがないが、昔、相談室に通っていたという人からの年賀状もあり、“大切な場所を守ってくれてありがとう”というようなメッセージが添えられていた。

 

相談室を引き継いで今年で5年を迎える。多くの方が通い、悩み、苦しみ、真剣に考え、新しい方向性を見出していったその場所を守ること、そこに居続けることの大切さを改めて実感した年始だった。

 

 

 

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